日常損傷病学 社会 高齢化にともない 研究しなければならなくなった 全世界 課題 日常損傷病学がある

桃子のつぶやき

【日常損傷病学】~社会の高齢化にともない、研究しなければならなくなった全世界の課題として日常損傷病学がある!!

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私は、5年前に、青信号の横断信号を自転車で渡っていたら、右折した車に自転車ごとはねられました。もちろん相手(車)の方が100%悪いという事で、治療をしていましたが、保険会社が、まだ治療は終わらないのか!と、治療は終わらないのか!とうるさくて、まだ痛みとかあったけど、仕方なく治療を終えました。治療が終えた一カ月後に、激痛がきて1日中、横たわらないと歩くのも、立ち続けるのも、ままならない生活になり、仕事も休職しました。

 

大きい病院で診察して、リハビリを始めました。先生が「3ヶ月で痛みが治まるといいですが、3ヶ月過ぎたら、慢性疼痛になりますので、3ヶ月で治せたらいいね。」と言われて、私も病院での診察、リハビリ、そして自宅でも毎日教えてもらったリハビリを、しましたが、痛みは取れませんでした。難治性慢性痛~難治性腰痛(疼痛)で、健康な頃からは、考えられない生活になりました。最近は、大分良くなって家の周りの散歩などは、出来るようになりました。難治性慢性痛~難治性腰痛(疼痛)を調べていたら、日常損傷病学のホームぺージを見つけました。常損傷病学のホームぺージには、私が皆に言いたいことや(人があなたの痛みの原因、手術は出来るの?と聞いてくる時に、相手に納得する様に答えられないので。)難治性慢性痛の事(外見だけでは、なかなか人には理解されません。それがまた悩みになります。)難治性慢性痛の薬のことなどが、詳しく書いてありました。難治性慢性痛は、高齢化社会を迎えて、世界的に増えていくことは、間違いありません。難治性慢性痛を抱えている方、また難治性慢性痛を理解していない方に、是非とも目を通して頂きたいです。また100年間、生きたいと思う人も是非、読んでくださいね。

 

日常損傷病学

 

日常損傷病学(はじめに)

全ての先進国はこれまで経験したことない未曾有の人口高齢化問題をかかえています。この問題の一因はここ100年における医療の急激な進歩であることはいうまでもないでしょう。しかしながら世界にとって未体験の高齢化問題は医学史にとっても未体験です。 これまで高齢は「病気とは考えない」ことが医学の暗黙の了解事項だったわけですが、高齢者がこれだけ増えるとそういう立場に留まっていることはできません。 医学は今、歳をとって体内の恒常性が破綻して起こる様々な症状を「病気」と考えて治療しなければならなくなったという未体験ゾーンに突入したということです。
この未体験ゾーンの治療のために、新たなる病気の概念が必要となります。 例えば、糖分を控えるためにタンパク質を多く摂取する場合これを数十年続けると何らかの問題が起こらないだろうか? 骨粗鬆症によいとされているエストロゲン製剤は数年では問題が起こりませんが数十年服薬し続けると体に悪影響がでないか? 脊柱側弯症は100年生きるとどんな障害が起こるか? 体によいとされる煎餅布団を長年続けると背骨にどんな影響が出るか?など、これまで考察することのなかった超長期経過を研究する必要があります。
薬の服用も規則正しく同じものを数十年続けると何らかの悪影響を及ぼすものですが、そうした超長期観察での薬物摂取の障害はこれまでの医学にはなかった概念です。日常の食事、日常の生活、日常の治療薬で生じる障害は人類が長生きするようになったからこそ発生した問題です。 このように社会の高齢化にともない、研究しなければならなくなった全世界の課題として日常損傷病学があるのです

 

日常損傷病学は極めて難しい

日常損傷病学は極めて難しい 高血圧、高コレステロール、姿勢の悪さ、骨格の異常などは人間の寿命が50年であるなら重篤な障害を起こしませんが100年生きるから初めて障害と認識されるようになります。そうした長く生きることで生じる不具合を病気として扱うのが日常損傷病学です。
自動車のタイヤの空気圧を右側と左側で異なる状態で10年間、10万キロを走ると、エンジン・ブレーキ・車体などの全てに異常をきたし予想を上回るポンコツになってしまいます。タイヤの空気圧が異なることはとても些細なことであり、5キロや10キロ走行するだけなら何の障害も起こりません。 すなわち、1年で車を交換するのであれば、タイヤの空気圧の差は「障害」として認識されません。しかし10年走ると初めて「空気圧の差は障害である」と認識され始めます。 これと同様のことが高齢病で起こっています。高血圧、高コレステロール、姿勢の悪さ、骨格の異常などは人間の寿命が50年であるなら障害を起こしません。果敢に治療する必要もありませんでした。ですが100年生きるから初めて障害と認識されるようになります。
つまり、これまでの医学では病気として取り扱わなかったものを病気として新たにとらえていく必要があるわけで、この日常損傷病学は完全に未確立の学問であるということ。そしてこれまでの医学の常識を超えたところに位置するということ。まずはそれを理解しなければはじまりません。よって現代医学に染められた医師たちにはなかなか理解が難しいということをまず述べておきます。今まで医師に「歳だからねえ、仕方ありませんね」と言われて積極的な治療をあきらめることを諭された方は大勢おられることでしょう。しかし、高齢化社会でこのセリフは通用しません。歳だから現医学で治せないとしても、今の病気の状態にならないようにするには、若いうちに何をしておかなければならないか?を考えなければならない時代に突入しています。

日常損傷学と達観点

 

基本的に「なぜ不可解な症状が起こるのか?」の空想は達観した大きな視野で人間を観察する能力が必要であり一般的な医学教育を受けているだけの医師には(教授も含めて)正しい空想をすることはなかなか困難なことです。なぜ困難かというと、欲が達観することを邪魔するからです。
高齢者にしばしば起こる病気の原因は多岐に渡るため、それらの全てを推測することは極めて難しいことです。よって例えば更年期症状も自律神経失調症もその原因はいまだにわかっていません。 これらの症状はMRIでもCTでも血液検査にも現れず、診断は症状でのみ行い、治療の方法もないのが現状です。こうした日常に起こる不具合の原因を推理するためには医学を超えた大きな視点で患者を観察していく必要があり、普通の医学知識をどれだけ勉強しても病因推察能力は向上しません。

また、病因推察は教科書的な医学知識を超えているため、推察は「空想」とののしられ、空想することは「医師としてあるまじき行為」として罪人のように扱われる現状があります。いわば空想は医学ではタブーであり、その禁じられた領域に研究を進めることは勇気が必要です。 これまで医学は二次元的に白か黒かでしか診断を行ってこなかったわけですが、そのため医学はとても簡略化されてきたと言えます。そこにメスを入れることが日常損傷学であり、この学問を進めるには痛みを伴います。
現状として、空想をして許されるのは教授と名のついた医師のみであり、そのため教授たちの提唱する間違った空想が世の中には無数に存在し、間違った治療学が蔓延しています。 基本的に「なぜ不可解な症状が起こるのか?」の空想は達観した大きな視野で人間を観察する能力が必要であり一般的な医学教育を受け医学研究をしているだけの医師にはなかなか困難なことです。 なぜ困難かというと、欲が達観することを邪魔するからです。
例えば、痛みを除去するために右膝に関節内注射をしたら翌日、両下肢に浮腫が出現したという患者がいたとします。 プライドの高い医師が診察すれば気分を害し、「そんなことあるはずがありません」と一言で終わってしまいます。患者は「注射のせいで両下肢がむくんだ」と当然考えているわけで、医師からすればそれはいいがかりに聞こえるため気分を害します。 ここには医師側に「私のせいでこうなったと考える患者を許せない」という感情が働いていますが、「医師として尊敬してもらいたい」という欲、つまりプライドがこの感情の源になっています。 しかしながらこの欲(プライド)が注射→下肢の浮腫という因果関係を考察することを妨害していることがわかります。欲が真実の考察を邪魔しているわけですが、こういう真実の捻じ曲げは地位のある医者ほど強力になりがちです。欲を超えた達観点に立って大きな視野で診察すれば次のような推論を導きます。
1.注射時に皮下血腫を作ってしまい、それが飛び散って両下肢に静脈血栓を生じさせた可能性
2. 注射液のステロイドが原因でステロイドの副作用として静脈血栓を生じさせた可能性。
3. 痛みがとれたために、この患者が久しぶりに椅子に長時間座ることができ、この長時間座位でいたことが静脈血栓を生じさせた可能性
しかし、これらの可能性は全て推論であり、推論したところで「自分の非」を認めることを推進させるだけとなります。 頭を働かせて推論させることで自分を窮地に追い詰めて医師にメリットはありません。メリットのないことに人は意欲を燃やせないという「基本的な欲」があるため、ほとんどの医師たちはこのような空想をしようともしません。 よって真実を追究するためには達観点に立つ必要があると述べたのです。自分の欲を完全に捨てた第三者の視点で患者を診察する視野です。
医師は教科書に掲載されていない症状を「患者のいいがかり」「患者の精神異常」として却下する傾向にありますが、その態度がいかに真実を見抜く目を曇らせるかを認識し、反省する時が来たのです。そのようにプライドに凝り固まった姿勢は多くの患者を不幸に陥れるでしょう。 医師が真実に突き当たるためにはこのプライドという名の「自己顕示欲」を完全に捨てた達観点に立つ必要があります。 しかし真実を追究することは名誉ある人々のプライドを傷つけます。

 

実は、私も硬膜外ブロックの時に1回、車に座れないほどの激痛と、リハビリの時に1回、終わってから、ますます痛くなったことがあります。お医者さんは、「医師は教科書に掲載されていない症状を「患者のいいがかり」「患者の精神異常」として却下する傾向にありますが、」なんとなく、そのような感じでした。

 

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